ドリームリーグの収録カード一覧と評価

クソ最高映画の名探偵ピカチュウ見てきたから感想を言う


公開前は「お、また実写化の被害者増やすんかー???でもその辺のヲタクと違ってワイは心の広いポケモンファンやから見に行ってあげてもええでw」とか思ってたんですよ。で、公開前日に「明日名探偵ピカチュウ見にいこや」ってヲタクに声かけて秋葉原に行ったらもう夜の回まで席が空いてないとか言われて「いやー映画館側もいくらポケモンと言えど、大コケするかもしれないから席とか絞ってんのかよーおいおいやめてくれよーw」とか言ってたんですよ。で、暇になったので今更見てきたんですよ、今更。

声を大にして言いたい。ありがとう。本当にありがとう。名ピカの製作陣には親と友達の次に感謝してる。本当にありがとう。

ファン映画として最of高

名探偵ピカチュウとよく似たタイトルの映画に名探偵コナンとか言うのがありますよね。まぁコナンと言う分野に関してはちょっと素人なのでよく分からないのですが、最近のコナン映画とよく似た印象を今回の名探偵ピカチュウからは受けました。繰り返しますが、コナンについては素人なのであまり大きな声では言えないのですが、最近のコナンの映画は見た人の大半が唸る練りに練ったストーリーとかそう言うのじゃなくて、ファン向けに特化してキャラクターをひたすらかっこよく描くみたいなものだと感じています。なので、知り合いのファンの方は映画をみて死にそうになっているのですが、私は素人なのでまぁ普通に面白いなーくらいです。で、今回専門分野のポケモンでそれをやられて実際死にそうになっているわけです。

かろうじて残っている冷静な自分がこの名探偵ピカチュウを分析しようとすると、ストーリーは別に普通です。実写ポケモンに対しても別にかっこいいとかかわいいとかそりゃ思うことは思うけど、ゲームとかアニメとかカードのピカチュウのが500倍かわいいです。いや、当たり前でしょ。100歩譲ってボルトの冒頭でカメラにキスするピカチュウに欲情したとしても、毛むくじゃらのピカチュウに欲情するわけがない。

え、じゃあなんでこんな評判高いの?ってなるじゃないですか。

※見た人と共有したいので書きます。見てない人は何書いてるか分からないし、普通にこれネタバレちゃうんか?となるのでオススメしません。あらすじとか説明しないです。垂れ流します。読み返したけどいきなりボン!ってネタバレあります。あと某ディズニー映画のネタバレもします。

ライムシティとか言うクソ最高な舞台

ベイマックスがめちゃめちゃ好きなんですよ、私は。クソ高いビルがボンボン建ってるニューヨークとか香港みたいな街並みに、その土地の文化みたいなものが見え隠れするのがもうあり得ないくらい好きで、竹内涼真よりも好きです。どう見ても最近の技術で作られたビル郡の隙間に、数十年前から続いてるようなお店の看板がごちゃごちゃ融合してるのがもう堪らなく好き。ベイマックスはサンフランソウキョウっていう街が舞台で、これはサンフランシスコ+トーキョーなんです。話を戻して、ライムシティがそれに似てるって話。

無難シティとかハイテクシティにせず、手の届きそうな近未来シティにして、現実味を出す。そこにポケモンをめちゃめちゃ出してくる。この流れがもうドチャクソ最高。近い将来そうなりそうな感じがしてうずうずする。道端にカビゴンが寝てるの本当に意味分からないし、それをなんとかしようとするポケモンも人間もいないのが、「THE 共生」って感じがしてさらに良い。クソみたいに狭いコミュニティ築いて病んでる田舎に見せたら消し飛ぶレベル。

ライムシティの駅からみた景色はめちゃめちゃ洗練されたシティって感じだけど、エイパムに追われてる時に描かれた生活感に溢れてる屋上とか薄汚い路地裏がしっかり人間味を出してるし、そこもええ。ニューヨークっぽくて住みたい。行ったことないけど

ピカチュウの人間らしさ

いやまぁこのピカチュウ人間だから仕方ないんだけど、アニメとか映画にはない青春映画みたいなノリ?をめちょめちょ感じた。原作やってないマンだったので、本当に新鮮。ニャースとか伝説のポケモンとは違う会話ができるポケモン。違和感しかない。まぁポケモンじゃないからしょうがないんだけど。

ただ、物語が進むにつれてピカチュウを人間だと知らないとめちゃ無茶感情移入しちゃう。俺自身がピカチュウになるくらいには入り込む。裏切り発覚のシーンでは、まぁ実際裏切りじゃないんだけど、切なさでどうにかなりそうだったし、最後の最後のシーンまで行くとピカチュウがいなくなっちゃったんじゃないかって思ってしまって、すぐそこにいるのにピカチュウじゃないような気もして複of雑だった。魔女の宅急便のジジみたいな。何も悲しいことはないのに悲しい。愛着は怖い

ドダイトスとゲッコウガ

ジョージ・ルーカス「俺の宇宙では音が出るんだよ」みたいなクソクソ改変コピペがTwitterで定期的に流れますけど、それと似たようなパワーを感じた。パシフィック・リムを見たときも感じた「かっこいいから絶対このシーンを撮る」みたいなゴリ押し。映画館の椅子に座って真っ暗な中、一人で世界観に入り込んでても「いやいやいやいやいやおかしいだろそれーーーーー」って異世界に飛ばされた主人公が泣きながらアホみたいな顔して叫ぶシーンを実際に自分がやりそうになったくらいおかしいけど、監督が目の前にきて「俺の映画では意味がわからないくらい巨大化したドダイトスが唐突に深い意味なく出るんだよ」って言われるとうんうん頷くし、ありがとうって言うと思う。ありがとう。

あとやっぱりニンジャはそういうイメージなんやなって再確認させられた。まぁゲッコウガはあくタイプなので、悪者として使われても仕方ないけど。ゲッコウガ怖すぎ問題。本気で人を殺してくる目をしていた。

ポケモン中心の世界観

サトシってポケモンを仲間として見てるし、道具扱いする悪役がいると、サトシめっちゃええ奴みたいなフィルターがかかるわけですが、今回はサトシとはまた違った捉え方をしてて良い。やっぱりゲットとかバトルとか、どうしても人間様が主体になってきて、いくらポケモンを仲間だと言おうと動物愛護的な観点がちらつく。

今回はそんなことはなくて、本当に種族が違うのに対等として描かれてて、違和感というか新鮮味というか、心がざわついた。野良猫とか野良犬みたいな扱いじゃなくて、普通にその辺で暮らしてるっていうのが大きいんだと思う。ただ、でもこれを共生という観点から突き詰めていくと途端に怖い話になる。例えばビジネスマンが商談してるところにポケモンがいるかは怪しいし、国会にポケモンの議員がいるのかも怪しいし、ポケモンがやっているのは交通整理とかガードマンだけなの?ってなるとおー怖い怖い。

ズートピアを見た人はわかると思うんですけど、あれって多様性をテーマにして、エンタメ性に全ステータスぶっ放したような映画じゃないですか。社会的な暗黙のルールに潰されそうになるけど頑張って外に出て、でも社会に出て潰されそうになって、それでも頑張るみたいな。人種差別、女性差別、トランスジェンダーとか盛りだくさんな映画です。でも最後の最後にナマケモノがスピード違反で捕まって、それがオチとして使われるわけですけど、これも一種の差別なんじゃないかっていう人もいるわけです。普段はのんびりしてるけど、そういう人に限って本性がえげつない、みたいな。差別との戦いをテーマにして作った映画が最後の最後で差別している!みたいな捉え方もできて、これはこれで怖いなって思いました。

話を戻して、今回のポケモンは共生を感じる部分はあったけど、共生をテーマとして捉えるんじゃなくて、めちゃめちゃ距離の近い別の生物って思えばいいんじゃないかって思いました。だってポケモンだもの。ズートピアみたいに全く新しいキャラクターと世界観をぼん!って出してきたんじゃなくて、アニメとか映画みたいな世界が実際にあったらこんな感じですよ!って出してきたもの。そこははっきりさせておきたいなって。

最後に

もう1回見にいく。DVDも買って、英語のセリフと日本語のセリフを比べてニヤニヤする。早くしたい。

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